白板症全快、落語家としても全開
 喉頭がんの疑いが晴れ、白板(はくばん)症の手術を受けて退院、談志はその翌日「ひとり会」という定例の独演会に臨んだ。
 声帯にできた白板を除去した直後であり、声は小さく、しかもカスれ、痛々しい。芸能界をはじめとする大勢の友情出演に支えられ何とか終演にこぎつけたが、客は笑うより心配が先に立ち、客と談志の間にはドキュメントとしか呼べないものがあった。
 それから2週間、術後初の地方公演に同道した。談志の声が思わしくない場合、その時間を私が埋めるのだ。主催は「立川談志を仙台に呼ぶ会」で、会場は立ち見まで出る超満員。談志はいきなり入院ネタで客を爆笑の渦にたたき込んだ。当人はまだ違和感があると言うが、いつもの談志の声であり、さらに「金玉医者(そのまま読むべし)」に入った。
 やれ安心、私のネタも軽くて短いもので済むと思ったのだが、一席目を終えた談志が「30分やるから人情噺をやれ」と言う。なるほど、やはりまだノドに負担がかかり、ラストの一席は軽くて笑いの多いネタをやるつもりだなと理解した。
 ところが談志は、新解釈新演出の「品川心中」を1時間にわたって演じたのである。しかもハイテンションで。終演時間を20分もオーバーしたが、主催者も客も大喜び、打ち上げの席はさながら祝勝会と快気祝いという趣となった。
 談志はよく飲み、よく食い、よくしゃべった。それはどこから見ても病を得る前の姿であり、私は「人情噺を網羅しろ。オレの『鉄拐』と『九州吹き戻し』もマスターしろ」とのアドバイスを受けた。
 医者の見立ては全治3カ月とのことだが、近くでつぶさに見た弟子は言う。談志は全快しており、しかも全身落語家として全開であると。それにしても「品川心中」の新演出は、入院中に思いついたのであろうか。

   立川談四楼
日刊ゲンダイ4月23日号より全文掲載