カントリー&ウエスタンの草分け、ジミー時田さんを悼む
  ジミー時田さんの通夜は杉並区の清見寺光雲閣にて営まれ、約600人という大勢の弔問客があった。
 献花台の前に立つと、祭壇にカッコイイ見事な遺影がほほえんでいた。ジミーさん愛用のギターやサングラス、それにワイルドターキーが1本供えられ、傍らではゆかりのマウンテンプレイボーイズの面々が、カントリー&ウエスタンを奏でていた。一体何人のミュージシャンがマウンテンプレイボーイズに籍を置いたのだろう。彼らは常時祭壇わきに7、8人いて、疲れたら代わるぞという表情でスタンバイし、いつまでも演奏し続ける態勢であった。
 夜が更け、葬儀委員長の談志があいさつした。談志はまず小咄を3つばかりやり、「どうだい、ジミー、気に入ってくれたかね」と言った。そしてその歌のうまさを名人という言葉でたたえ、「グズだけど品のいいヤツでした」としめくくった。いっせいに拍手が巻き起こり、珍しく談志が涙を流しながら頭を下げた。
「談志ひとり会」の最終回でなく、その翌日に息をひきとったジミーさん、われらは当然そのことの意味を思った。
 寺内タケシ、寺本圭一、いかりや長介、ミッキー・カーチス、なぎら健壱、山城新伍、毒蝮三太夫……と大勢のミュージシャンや芸人に立ち去りがたいという風情があった。で、みんなジミーさんがそうするようにグズグズ飲み、品よく酔った。ミュージシャンは歌い、芸人はエピソードを披露したのである。
 私は30年前、談志の付き人という形でジミーさんの歌に接した。以来、談志の弟子であるということだけで親しく話をし、時にドボンをやり、酒を酌み交わす機会を得た。そういう環境にいたことを幸せに思う。63歳はやはり早いが、それは言うまい。ジミーさん、長い間ありがとうござました。私はこの通り、ジミーさんのことを自慢しております。

   立川談四楼
日刊ゲンダイ3月22日号より全文掲載