寄席・復活立川談志
究極求める姿勢 表れた一席
 桜の便りに誘われて、立川談志が高座に戻ってきた。
 体調不良、情熱の喪失などを理由に、昨年5月から国立演芸場の「ひとり会」など大きな会を理り、英気を養ってきた。
 まず、「にっかん飛切落語会」(19日、東京・霞が関、イイノホール)で、三遊亭円楽との競演。盟友円楽とこの会に同席するのは十六年ぶりとかで、気分高揚のてい。いつもの毒舌や照れ隠しの言い訳があり、独自の概念にのっとった相変らずの持論展開があって、切れ味のいい噺へと続く。
 まくらからいつの間にか入っていた本題の「風呂敷」。亭主の留守に若い男を上げたところに焼きもち焼きの亭主が酔っ払って帰ってきたから大変。町内の頭に頼み込み、亭主に風呂敷をかぶせている間に逃がしてやる。「うまく逃がしゃがったなあ」が通常のサゲ。談志のは、風呂敷が破れていて、「あんまりうまいので目の前に見えたよ」と、ひとひねりある。
 その「風呂敷」を「復活談志ひとり会」(25日、東京・有楽町マリオン、朝日ホール)でも掛けた。今度は、サゲを「いい考えだろう」「そうは思わない」と変えた。この辺が、談志落語の真骨頂である。一点に満足することなく、究極を求める。落語に対するそんな緊迫した対峙(たいじ)の仕方が、精神的にも肉体的にも大きく負担を強いているのだろう。ゆっくり休ませて、いい噺を聞きたいものだ。
 もう一席は「らくだ」。長屋のやっかい者らくだは、どうやっても死ぬようなやつではない、という前提が極めて明確に描かれているから、らくだの死の報に、大家や長屋の住人たちのおかしな喜びようが格別なこっけいさで迫ってくる。
  太田博