立川談志・西丸震哉対談
「日本の幽霊にも足がある!」から始まるとっておきの怪談ばなし

お化けも出ないこの世は闇よ


談志 いま小学生や中学生の間で「学校の怪談」なんてのが流行(はや)ってるって言うけど、怪談を欲しがるというのは、人間の本質だと思うんですよ。なんだか訳がわからないけど怖いものってのはあるんですから。ところが大人たちの世界じゃあ馬鹿にされちゃって、怪談なんかなくなってる。
 怪談のない状況がいい状況だとしている無理な状態、これが先生、文明じゃないかなと思ってね。どうも文明ってやつに頼るために全ての悪事がおっぱじまった。怪談をなくしたというのも、ひとつの罪悪じゃないかと思うんですよ。
 あたしは幽霊を見たことはないけど、いまの幽霊は、(両手を前に垂らした)あんな(円山)応挙の形ばかりじゃないんでしょ。
西丸 日本の幽霊には足がないなんてウソを定着させたのは、応挙の一番の罪だね。応挙は幽霊を見たことがないんですよ。人に聞いて描いたんだけど、みんな怖くて足までちゃんと見てない。だから、どうなってるかわからなくてぼかしちゃった。だけど日本の幽霊だって僕が見たやつは、ちゃんと赤い鼻緒の下駄履いてましたよ。
談志 みいちゃんみたいなやつだな(笑)。
西丸 みいちゃんほど子供じゃなかったけど足があるのは確認した。でも実体はあるのかと思って、その女の足をエイッて指で突っついたら、パッと消えた。
談志 消える前に幽霊だと確認したのは勘ですか。それとも向こうで名乗って幽霊だと名刺出したわけですか。
西丸 いや、田舎の女の人だから名刺なんか持ってなかったと思うんだけど(笑)。
談志 でも、幽霊だと思ったから、足がないんじゃないか、になったんでしょ。
西丸 いえ、最初は幽霊だとは思わずに、そこに人がいると思った。ところが、その前を通った途端、消えてなくなったんです。
 当時ぼくが勤めていた釜石の水産試験場の海に面したコンクリの塀に、女が寄り掛かっていたわけ。戦後間もなくの頃で、そこではいつも買い出しの人なんかが荷物を置いて休んでいた。だから人が寄っ掛かっていても別に変だとも思わずに、そのまま歩いて行ったんです。ところが真横を通ったらフッと消えた。でも、疲れのせいかなとも思って、その日はそのまま帰って寝たんです。ところが2、3日してそこを通ったらまたいたんで、今度はジーッと見ながら正面へ回ったら‥。
談志 同じ格好をしてたんだね。
西丸 同じ格好。釜石は6月でもまだ寒いのに浴衣一枚で黄色い兵児帯みたいのをして、赤い鼻緒の下駄履いてた。
-----------会ったのはその一回だけですか?
西丸 いや、一年くらい付き合った。
談志 付き合ったって、どういうこと?
西丸 そのあと毎日会うようになったから。何しろ、当時暮らしてたねぐらの外に出りゃあ必ずいるんでね。
談志 時間は夜?
西丸 夜。夜中しか出ない。
談志 そこに明かりはあるのね。
西丸 いや、明かりはない。
談志 明かりがなくて何でわかるの?
西丸 見えるのそれが。真っ暗な月のない晩でもちゃーんと見えて、産毛が生えてるのまでわかる。しゃがんで確認したもの。
 最初の二回は前を横切ったら消えたんだけど、その後で出てきた時にはもう消えない。顔面に手をかざしても知らん顔でまばたきもしない。「失礼して突っつかしていただきます」って言っても黙ってるから、エイッて突っついたら、その瞬間消えたんです。
-----------よくそんなことする勇気がありますねえ。
西丸 ちゃんと見えてるから怖くも何ともない。ただ、消えた後が怖いんですよ。後ろに回られているような気がしてね。で、一回消えるとその日はもう出てこない。でもまた翌日、性懲りもなく出てくるんですよ。それである時、棍棒を持って後ろに回って「幽霊なのか人間なのか、とにかく正体を見定めたいんで、これから後ろからぶん殴るよ。それがいやだったら何とか言ってください」と言ってみた。でもそれでも黙ってるから、棍棒でボカーンと振った途端に消えて、下のコンクリを叩いてた。
 ところがそれをやったのが失敗でね、今度は僕のねぐらに出るようになったの。
談志 うわッ。その間、向こうは黙って先生の顔見てるの?
西丸 黙ってこっちを見てるんだけど、いわば無限を見ていて焦点が合ってない。視線がこっちを素通りしてる。
談志 試験場の人間だとか地元の連中に「おーい、みんな見に来いやい」とか言わなかったんですか?
西丸 実は言いました。でもみんな怖がって、夜になると誰も来ない。
 僕の兄貴が精神病理学者なんで、このことを逐一手紙で報告したんだけど、兄貴はてっきり僕が気が狂ったと思ったのね。学者というのは、あの世だとか見えないものを断固拒否してるから。実験して追試験して出た結果だけを真理と認める。でもお化けは確認のしようがないから、無いものとして拒否する。



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