特選立川流落語会
復活!!談志ひとり会

3月25日有楽町マリオン朝日ホール立川笑志、談春、志らく、談志




 出来上がった作品に興味がなくなった。
 “出来上がった”とはいえ、“とりあえず”という「但し書き」がつくけれど‥‥。
 加えて“上手い”、“下手い(まずい)”にも興味がなくなった。
 その“上手い”“下手い”は己の中だけのことである。
 もう一ついうと、家元他の噺家に全く興味がなくなった。
 ま、立川流の弟子の数人を除いて‥‥。
 何故か、と聞かれりゃ、全て分解出来るがそれとて面倒ンなってきた。

 一口にいやぁ、人間が決めた事柄、つまり、常識とかいう学習は全部無理がある、ということだ。
 してみりゃぁ、上手く演ろう、気持よく聞かせよう、なんざぁ愚の骨頂である。
 不完全が、目茶苦茶が、ナンダカワカンないのが、通用するか、しないか、なのである。
 その為には家元当人の生き様であり、その為の思考であろう。

 さぁて、それと落語がなかなか一致しないのだ。勿論、“している”といえる作品も多々創ってきたし、それぞれの噺に、部分的な一致はあるけれど‥‥。
 もっとも居直りゃ、家元の落語を‥‥いや、家元の喋ることが落語なのである。
 アノネ、仲々、こういうことは並みの奴にゃいえないことだ。
 つまり“恥知らず”ということになるのだが‥‥、一般的にいやぁ、“恥知らず”ではあるが、家元の中身においては、人間どこ迄恥知らずになれるか、ということも業の一つであり、重大なことなのである。
 判るかネ、ワカンねえだろうなァ‥‥。
 だから中断(やめ)ていたのですよ。
 でも、家元ン処え聴きにくる観客の中にゃそれが判る人が居るんだよなぁ‥‥それでないと駄目な連中が居るんだよなぁ。

 ‘ヘ ヘ ヘェーイ スビラバラァ‥‥
  カチューシャ 可愛いいーヤァー‥‥
   別れのォ辛さァ‥‥スビラバラァ‥‥

 天災
 小言幸兵衛
 をやるつもりだが、ワカンナイ‥‥。

 明日ありと思う心の仇桜‥‥。


 平成九年弥生二十五日

 落語立川流
  家元 立川雲黒斉談志拝



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