立川談四楼の北沢八幡落語会 |
| 12月15日 | 北沢八幡神社参集殿 | 立川談四楼・キウイ・志っ平・談修 |
去年の今頃は何を考え何をしていたのか、世間にどんな動きがあったのかの記憶がまるでない。ペルーで騒ぎが始まったのはもっと後か、いや前か?去年の記憶がオボロなのだから今年の記憶もアイマイで、人は若かりし頃のことは年月日まで覚えていて、年を取ると「オレ(私)の四十代は…」などと大雑把になるそうだが、しかしいくつかの記憶がある。一門の大きなこととしては、談志が食道がんになったことだ。大変な騒ぎとなり、弟子としてはあらためて存在の大きさを確認したわけだが、全快が心底嬉しい。どう少なく見積もっても、あと五年はいてもらわければ困るのだ。
「談志は助かりましたが、内海好江師匠はがんで亡くなりました」とマクラで言うと、客が妙にウケるのが腹立たしい。もちろんその反応を狙って仕掛けるのだが、腹が立つことに変わりなく、理解されるのは真っ平だと標榜する談志の言を思いだし、また同じネタを仕掛けるのだ。その談志は今、インドのカルカッタにいる。「マザー・テレサの墓参り」らしい…。
○談春が真打ちになった。この会の前座を務めていたのがつい昨日のことのようで、正に歳月人を待たず(違うか)、光陰矢の如し(これだ)、長く通ってくれている常連さんはその十年余りの間に自分が何を成したか深く反省しよう、私も反省するから。
○志の輔の新古典落語「忠臣ぐら」がよかった。何よりも落語になっていることに驚いた。本当に志の輔一人で創り上げたのだろうか。だとすれば大したものだが、どうか優秀なブレーンとの合作であってもらいたいものだ。
○快楽亭ブラックがバカになってしまった。楽屋にガキを連れてきたのだ。当人は高座に上がってしまい、いいツラの皮はその面倒を見た談幸で、何とその間、女房は客席で亭主の落語に笑い転げていたのだ。親子三人のバカを地で行ったわけだが、大丈夫か快楽亭ブラック。ま、大きなお世話か。
○私としては漫画の原作者としての仕事が始まったのが大きなことだ。そう、春から夏にかけては小説をシコシコと書いていたっけ。
○この二年ばかり、NHKの朝の番組に月一のペースで出ていて、地方へ行った折などその効果を感じる。数年前に五十人規模の観客で始まった独演会に二百人ぐらい集まるようになり、会場を移すケースが増えているのだ。
○私はひがみっぽく、ヤキモチ焼きである。その自覚は以前からあり、一生そうやって淋しく送るのかと思った時期もあったが、この節、ヤキモチ焼かれていることに気づくことがある。信じられないことだが、そうとしか思えない局面に出っ食わすのだ。戸惑いつつ、しめしめと思う。こら、油断するなとカツを入れつつ、来年はもう一歩踏み出そうと思う。一年の御厚誼に感謝しつつ、来年もまた是非お運びのほどを。では、お寛ぎ下さい。そしてよいお年を。
立川談四楼

プログラムメニューへ戻る