立川談春真打トライアル

5月19日国立演芸場談春 ゲスト・春風亭小朝




 

「談春の眼」

 初めて談春の落語を聞いた時、もちろんまだ前座だったが、ひと目で「こいつはものが違うな」と思った。『子ほめ』に出てくる、「梅檀は双葉より芳し」というやつだ。
 まず高座姿がいい。これは天性のもので、高座の佇まいに雰囲気がある芸人は得である。
 それに眼がいい。落語には言葉と仕草だけでなく、眼にものを言わせる「眼技」が必要な噺がある。名人上手と言われる落語家は例外なくいい眼をしていた。文楽、志ん生、小さん然り、円生の眼は凄味があった。談志も眼の表情が豊かな人だ。談春はいい眼だが、ちょっときつ過ぎる。「こいつ、博奕をやるな」と直感した。聞いたら競艇をやってるという。博奕をやると倹のある眼になるので、やらないに越したことはないのだが、私は談春のきつい眼が好きだった。若いころ、私自身が同じような眼をしていたからだ。
 私が書いた長編に『狼の眼』というアクション小説があって、それがこのたび映画化された。先日試写を観たら、主演の新人俳優の眼は狼どころかハムスターみたいだった。近ごろの若者はたいていペットの眼をしている。談春のは狼の眼だ。若いうちはそんな眼でもいいじゃないか、と思う。

 私は談春を直接ほめたことがない。いつも注文ばかり付けている。さらに高いレベルの落語を望んでいるからだ。それでもこの数年の成長ぶりには目を見張る。短期間にこれだけ伸びた落語家は、私の知る限り小朝と小遊三の二人だけだ。特に<真打ちトライアル>の1回目に演じた『粗忽の使者』と『包丁』は見事な出来栄えであった。口調のよさに加え、巧みさと達者さを身に付け、滑稽味さえ出てきた。鬼に金棒である。
 あの博奕打ちの眼をした前座が、これほどまでに成長した。それがうれしくてうれしくて、聞き終えたとたん不覚にも涙が出た。自分で「鬼の目にも涙だな」と思って苦笑い。
 楽屋に行って手放しでほめた。談志師匠も山藤章二さんもほめていた。しかし、今の談春はいくらほめられてもけして増長しない謙虚さがある。了見も成長したのだ。
 将来どれほど大きな落語家に成長するか楽しみでしかたない。必ずや落語界を背負って立つ大看板になるであろう。そのころの談春はきっと穏やかな眼になっているはずだ。叶うことなら、その眼を見てみたい。
 吉川潮






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