立川談四楼の北沢八幡落語会 |
| 6月15日 | 北沢八幡神社参集殿 | 立川談四楼・ゲスト/矢崎滋 談々ほか |
珍しい噺、演(や)り手のない噺をと考えた。講釈ネタに何かないかと神田愛山に相談を持ちかけた。コーヒーを飲みながら色々と話をしているうち(愛山は元アル中で長く禁酒をしている)、「兄さんと同じ上州生まれ『大前田栄五郎』はどうでしょう」と愛山が言った。ポピュラーではないが実質日本一の大親分(きょうかく)だ、文句なしとばかりに膝を乗り出すと、愛山が渋い顔をする。「実は面白くもなんともないンです」と。愛山は、難しいから演り手がないのではなく面白くないから演り手がないと言ったのだ。さあそうなるとこっちは天の邪鬼(あまのじゃく)だ。ならオレが面白くしてやると手がけるに至ったのだが、ケイコを始めて驚いた。やはりこの大前田栄五郎という大親分、面白くもなんともないのだ。
明治に入って八十二歳で亡くなったこの男、エピソードがほとんどない。大男であるが無口、生涯独身の女嫌いときては何をか言わんやで、清水次郎長や国定忠治の派手さがまるでないのだ。だいたい八十二まで生きたというのが気に食わない。忠治なぞはその半分の四十一で、しかも磔(はりつけ)の刑で死んでいるのだ。
しかし、栄五郎の前では忠治がはいつくばり、次郎長さえ一歩退(さ)がり、敬(うやま)ったという。なぜそんな大親分であり得たのか、その辺にメスを入れてみるしかなさそうだ。地味な大親分の数少ないエピソード、題して「鬼清殺し」の一席、ま、精一杯派手にやってみましょう。
入船亭扇蔵(いりふねていせんぞう)が死んだ。まだ四十七、私と同い年だった。大量に血を吐いた跡があったというから、死因は食道静脈瘤破裂らしい。らしいと言うのは変死体で発見、解剖されたからで、これだという情報が乏しいのである。
かつて林家正雀が住んでいたアパートで、きまりが悪いのか向こうを向いて死んでいたという。女房子があれば助かったという意見もあるが、独身者(ひとりもの)にそんあことを言っても始まらない。電話に出ないので弟弟子が訪ね、発見されたという経緯を聞いたが、すでに腐敗が進行していたという。
酒の好きなヤツだった。酒だけが生きがいという風情すらあった。当然、酒を心置きなく飲むために噺家になったフシがあった。
立教大学を出ているが、すぐに噺家を選んでいない。何をやってたと問うと「板前の真似事を」と答えた。十年ほど前か、深夜の池袋でバッタリ会った。かなり酔っていて、むかし勤めていた店で飲んできた、と答えた。飲まずにいられぬ何かがあったのか、単に酒好きなのか、その辺はわからない。
糖尿を患い、肝臓を悪くし、ここ数年は酒を控えていたという。死ぬのがわかっていたなら、好きなだけ飲ませてやりたかったと思う。摂生して死んじまったンじゃあ救われないではないか。最後に演ったネタが「居酒屋」だったというのがあいつらしい……。
というわけで、人はやっぱり死にますな。どうぞごゆるりとお寛ぎのほどを。
立川談四楼

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